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ワールドカップに「一線を越える」ことの意味を見る : NED-WLT

15年間で急速に成長したわけです。で、僕は、この成長の背景にあるのはサッカーのテクニック向上だけではないと思っています。もちろんテクニック向上があったことは確実であり、選手たちの恐ろしいまでの努力があることは当然です。しかし、もう一つ重要なことがあると思うのです。

それは「一線を越える」という体験です。

「1998年にワールドカップに行けた」という事実は、日本のサッカー選手たちに、日本のレベルはワールドクラスであることを自覚させたはずです。色々と改善点はあるものの、日本のやり方が世界に通用するということが証明されたことは、非常に大きかったのではないかと思います。

「乗れなかった自転車に乗れるようになったようなもの」と言えば伝わりやすいでしょうか。あるいは「過去に一人も東大合格者を出していない高校」と「たった一人であっても東大合格者を出したことのある高校」との間には、大きな差があるというほうが良いかもしれません。

こうした差を生んでいるのは「努力が報われたという事実のあるなし」であり、それは「一線を越える」ということです。より正確には、自己効力感(self-efficacy)を形成するための達成体験があるかどうかです。

奇跡というものは、実際にそれを起こしてみれば「こんなものか」と感じられるものです。そして一度それを起こした人は、以降、同じ程度の奇跡であれば何度でも起こせるようになるのだと思います。

引用元: ワールドカップに「一線を越える」ことの意味を見る : NED-WLT.

突き抜けた人は、どうしてみんな子供なんだろう? : NED-WLT

突き抜けた人は、どうしてみんな子供なんだろう? : NED-WLT: 突き抜けた人たちは、決まって「他人からどう見られるか」なんて気にしていない。ぜんぜん「委縮」していないんです。そんなことは「どうでもいい」って思ってます。「人に好かれたい」なんていう気持ちも、少しは残っていたりしても、基本的に無視します。

そのかわり、彼らは、自分の価値観にすごい忠誠心を持っています。価値観どおりに行動します。そうした強い意思というのは、別の言い方をすれば、世界の「あるべき姿」のビジョンです。だから、今ある不完全な世界に、怒っています。

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT: 特定の環境に過剰に適応している者は、ちょっとした環境変化によって滅んでしまうという現象は、生物の世界において頻繁に観察されています。そして僕たち人間は、環境への過剰適応を避けてきたからこそ、進化を生き残っていることを忘れるべきではありません。

抽象化とは、言ってみれば、特定の経験への過剰適応を避けるためにこそ必要となるスキルであり、それは本来、僕たち人間には「大切なスキル」として埋め込まれているはずなのです。

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT: そして最も高度な抽象化のトレーニングは「比喩を生み出す」ということだと考えています。普段から周囲のものごとをたとえて話すクセをつけたり、読書をしながら優れた比喩に触れることが抽象化スキルを鍛えると思います。

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT

抽象化スキルが、生死を分ける時代に : NED-WLT: 「抽象化スキルは、経験の再利用性を高める」