タグ別アーカイブ: Chikirinの日記

問題の前で、常に前向きであること – Chikirinの日記

そういう状況を見ると、周囲の人はすぐに、

「ほらみろ。大言壮語して。そんなことが簡単にできるわけがない」

とか、

「案の定、失敗してる」

とか、言いがちなんです。

ところが、私が対談の時に「やっぱりカンボジアの件では、難しいことが多かったんですか?」って聞いたら、

「これに限らず、簡単にできることなんてひとつもありません。ある程度のことをやろうとしたら、いろんなことが起こります。大事なことは歩みを止めないこと。少しずつでも前に進んでいけばいいんです」って言われて、ハッとしました。

「問題が起こった時のこの前向きさが、何かを成し遂げる人の特徴だよね」と。

何かを成し遂げる人って、ちょっとくらい巧くいかなくても、「もうダメだ!」とか思ったりしないんです。

「巧くいかなくて当たり前。だって何の問題も起こらないような簡単なコトなら、既に実現できてるでしょ。だったらワザワザ自分がやらなくてもいいわけで」って思ってる。

だからあれこれ失敗しても、当初の目論見通りに進まなくても、「一歩一歩前に進むだけ」っていう堅実で前向きな姿勢が揺るがない。

ひとつひとつの失敗や障害に、イチイチ落ち込んでると、とてもゴールになんて辿り着けないもん。

引用元: 問題の前で、常に前向きであること – Chikirinの日記.

考える力の弱い人へ – Chikirinの日記

つまり、「考える力の弱い人ほど、行動すべし」ってことです。

本当に考える力がある人は、書斎にこもってるだけで、考えることができます。

アタマの中にどんどん発想が広がり、それがどういう展開を見せるのか、その新展開はどういう意味をもつのか。そういうことを、アタマの中だけでシミュレーションできる。

考える力の高い人は、そういうことが可能です。

でも、そういう力が無い人でも、多彩な行動から得たインプットの助けを借りて考えれば、結果(考えた結果)は、そこそこおもしろいモノにできる。

私は学生時代、セブンイレブンやマクドナルド、ロイヤルホストなど、いろんなチェーン店でアルバイトをして、その経験からいろんなことを考えました。

同じ大学の同級生の多くは、時給の高い家庭教師や塾の講師のバイトをしていました。バイトなんか全くせずに、資格のための勉強ばかりしてる子もいました。

元々の考える力は彼らの方が高くても、経験の質が圧倒的だと、軽く逆転できると、そのとき気がつきました。

引用元: 考える力の弱い人へ – Chikirinの日記.

考える力の弱い人へ – Chikirinの日記

世の中には、「考えてだけいる人」と「行動だけしてる人」がいます。どっちも凡人がやるべきことではありません。

凡人がそんなことやってたら、「頭でっかちで世の中を知らない使えないヤツ」か、「朝から晩まで働いてるのに、全く報われない人」にしかなれません。

考えてだけいて、それなりの結果がだせる人は、天才です。そういう人は元から、生まれつき、考える力が尋常じゃないんです。

行動だけしていて、結果が出せる人も同じです。

何も考えず、ひたすら行動だけしていて、それで結果が出るなんて、凡人にはありえません。彼らは、いわゆる“動物的な勘”ってのを持ってるんです。

でも、凡人にはそんな力もセンスもありません。

凡人がやるべきは、「行動する」と「考える」を上手く組み合わせることです。特に、「オレは(私は)考える力がイマイチだな」と思ったら、できるだけ行動側を強力なものにすればいい。

あまり人が行かない国に行く。多くの人が避けている仕事に就く、あまり人気のないコトをやってみる。他の人が諦めたことでも、諦めない。

そうやって「他の人がやらないこと」を材料にして考えれば、凡庸な日常だけから考えてる人を、一歩凌ぐことができます。

引用元: 考える力の弱い人へ – Chikirinの日記.

脱“トランジスタ売り”の発想 – Chikirinの日記

ニューヨークもロンドンも、シンガポールもドバイも、そこに住む人、そこで働く人、そこで学ぶ人、そこで遊ぶ人自体が、そして、そこで活動する企業や投資家(&投資マネー)自体が、世界中から集まってきているのです。

彼らは何かを「輸出して」国際都市になったのではありません。

そうではなく、世界中から人や企業やお金(投資)を受け入れることで国際都市になったのです。

街中で買い物をしているときに耳に入る言語の多様性こそが、

職場における同僚の出身国の多様さこそが、

学校における(生徒はもちろん)教師の国籍の多様さや、

不動産オーナーの国籍の多様さこそが、その証となっているのです。

「日本製品をたくさん売って外貨を稼ごう。それが国際化だ!」と考えている限り、東京が、国際都市として競争力を高めることはできないでしょう。

今求められているのは、脱・トランジスタ売りの発想です。

私たちに必要なのは、「世界を受け入れる」という覚悟なのです。

引用元: 脱“トランジスタ売り”の発想 – Chikirinの日記.