タグ別アーカイブ: 躊躇

共同研究者に「ギブ・ミー・マネー」と言う時代 – むしブロ

たとえば、同じ大学の中で別の研究室と行なう共同研究。あるデータを取るときに、共同研究先の別の研究室の機器を使わなければならない場合があります。しかしこのとき、共同研究であっても、その別の研究室での機器の使用料を払わなければならないそうです。

共同研究ということは、論文になれば著者陣のなかに共同研究先の研究者も入ることになります。つまり、共同研究者たちに自分のところの機器をどんどん使ってもらいデータを出してくれれば、論文になるし、自分の業績にもプラスになるわけです。ですから、日本でもフランスでも、通常は共同研究者に対して自分の研究室の機器使用料を請求することはありません。

憶測ですが、この機器課金の背景にはアメリカの独特な研究システムの影響があるものと思います。アメリカでは、各研究室は研究資金のほとんどを競争的研究費に依存しています。研究費を獲得できなければ研究員や大学院生を雇うことができず、機器や試薬も購入しづらくなります。それだけでなく、研究室の賃貸料も大学に払うことができなくなります。場合によっては、自らの給料すら払えなくなってしまう。

このようなわけで、機器の使用料など、課金できる機会があれば、共同研究者であろうと躊躇なく「ギブ・ミー・マネー」と言う研究者が出てくるのでしょう。もっとも、私がアメリカにいたときには周りにこのようなタイプの研究者はいなかったので、アンソニーの共同研究者はだいぶマイノリティーだと思いますが。それでも、アメリカ型の研究システムでは、今後このようなタイプの研究者がどんどん増えてきてもおかしくありません。

日本でも、大学の運営交付金を減らして競争的研究資金の獲得を研究者に競わせる方向へと向かっています。日本の研究者もえげつなく「ギブ・ミー・マネー」を連呼する時代がもうすぐ来るのかもしれません。

引用元: 共同研究者に「ギブ・ミー・マネー」と言う時代 – むしブロ.

本の虫: Linux Torvalds、最近のCPUのPage Faultのコストにご不満の様子

syscallトラップのパフォーマンスは興味深いものだ。

15年前[訳注:この記事が書かれたのは2004年なので、1989年頃]、IntelとMicrosoftと会議があった(残念ながら、私はこの会議に参加していなかったので、この話は伝聞なのだが)

Microsoftというのは、Intelの最大の顧客のひとつなので、Intelの代表はよくMicrosoftを訪問して、最新のプロセッサーを紹介したり、カーネル開発部に新しいプロセッサーの機能をサポートするようロビーしたり、どのような機能を追加すれば、もっとも役立つかという知見を吸い上げたりしていた。

この会議で、Intelの代表がたずねた。「でさ、たったひとつだけ、速くして欲しいところがあるとすれば、どこ?」

躊躇なく、カーネルの開発主任が答えた。「無効命令のfaultingの高速化」

Intel社員は笑い転げた。「いやぁ、Microsoftのエンジニアは愉快でいらっしゃる」というわけで、会議は冗談で締めくくられた。

研究所に戻った後、IntelのエンジニアがWindowsカーネルのプロファイルをしたところ、驚くなかれ、彼らはWindowsがかなりの時間を、無効命令例外をさばくためにつかっていることを発見したのである。何だと! ひょっとして、Microsoftのエンジニアは冗談を言ったのではなかったのか?

冗談じゃない。

この当時の80386チップで、V86モードからカーネルモードに移行する最速の方法は、無効命令を実行することだったのだ! そのため、Windows/386は、無効命令をsyscall trapに使っていたのであった。

この話の教訓? よくわからない。たぶん、何か物を作ったならば、それが作成者の意図しない方法で使われるだろうということか。

引用元: 本の虫: Linux Torvalds、最近のCPUのPage Faultのコストにご不満の様子.

お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について – Chikirinの日記

・最後まであきらめない

・有利でも油断しない

・心理戦に影響されない

・先入観をもたずに、あらゆる可能性を考える

・ゼロベースで考える(常にその局面での最善手を探す)

という感じ。たしかにこれらはコンピュータの長所ですよね。

でもよく考えたら、これらはすべて、人間が思考訓練をする際に、「こういうふうに考えるべし」と教えられていることばかりじゃないですか?

「最後まであきらめるな」なんて誰でも言われたことがある言葉でしょ。「ちょっとくらい有利に思えても決して手を抜くな」も同じです。

ビジネスの交渉ごとにおいても、「心理戦に影響されない」ことが大事だと教えられるし、「先入観を持たずにあらゆる選択肢を検討してみる」なんて、よくいわれる「MECE = 漏れなく重なりなく、論理的に考える」手法、そのまんまです。

もちろん、「ゼロベースで考えろ」ともよく言われます。人間は、「次はこういう局面にもっていきたい。よし、じゃあそのために、こう指して、ああ指して、こうしよう」と考えます。(将棋でもビジネスでも同じです)

ところが、自分の手の後、相手が駒を動かすと、必ずしも最初に目指していた局面がベストではなくなる場合がよくあります。

そういう場合、本来であれば、最初に指した一手のことは忘れ、その時点から新たに「一番よい方法」を考えるべきなのですが、人間はなかなかそうできません。

過去に指した手、もともと目指していた局面が“もったいない”と思えて、判断が鈍るのです。ファイナンスでいうところの、サンクコストに引きずられるわけです。

でもコンピュータは、一手一手、その場その場で最善手を考えることに躊躇がありません。自分が「ひとつ前に選んだ手」がもったいなくて、気持ちが揺れるということはないのです。

つまり。人間が必死で学ぼうとしている(通常、「思考力を高めるためにはこうすればよい」と教えられている)思考法とは、「コンピュータのように考えろ」という意味だったんです。

引用元: お互いがお手本? 人間とコンピュータの思考について – Chikirinの日記.