タグ別アーカイブ: 統計学

世界の資源は枯渇せず―有限説はエコロジストの杞憂 – WSJ日本版

1679年、オランダの偉大な顕微鏡学者アントニー・ファン・レーウェンフックは地球が収容できる人数を134億人と推定したが、ほとんどの人口統計学者は世界の人口がそこまで増えることはないと考えている。その後、10億人から1000億人までさまざまな数字が挙がっているが、意見はまとまりそうにない。

経済学者によると、私たち人間は肥料を使い、機械化を進め、殺虫剤を噴霧し、かんがい設備を整備した結果、1エーカー(約4000平方メートル)当たりの土地の生産性は上昇し続けている。今後、イノベーションが起きれば、上限はさらに引き上げられるはずだ。ロックフェラー大学のジェス・オーズベル氏は一定量の食糧生産に必要な土地の広さは全世界でこの50年間で65%縮小したという。

引用元: 世界の資源は枯渇せず―有限説はエコロジストの杞憂 – WSJ日本版.

類推(アナロジー)について|色塾BLOG-

僕はアナロジー(類推)をつかって説得する人が嫌いだ。

世の中には、一瞬の間に無数の事象が起こっている。

それを統計学的に整理するのでさえ違和感・間違いがあるのに、1つの事象を持ってきて、あたかもそれを代表例として扱い、他のものもそうであるべきだという考えは、ただの一元主義でしかない。

だから、うちでよくいわれる、「Search&Repply(他の事例から成功例を見つけ、それを真似すること)」というのは、その効果はみとめるものの、それさえしていれば正しいというような説得の仕方には違和感を覚える。

類推するのは勝手であるが、それは妄想であって、それをもって説得してくる人をみたら気をつけたほうがいい。

その類推の中で、何が真実のエッセンスであるのかを見極めていなければ、類推は間違いを導く。

そんなことしている暇があったら、もっと感覚を研ぎ澄まして考えればいい と思う。

引用元: 類推(アナロジー)について|色塾BLOG-.

日本女性よりも先に外国人女性が日本社会で活躍する可能性 – 統計学+ε: 米国留学・研究生活

私が連想したのは、企業における外国人採用の積極化だ。国際的な日本企業は、海外進出のために外国人が業務上不可欠になっており、外国人の採用を増やしている。このタイミングで、日本企業が女性の積極採用を強制された場合、無理して日本人女性を取るよりも、優秀な女性が多い外国人の中で女性の比率を上げるという判断に傾く必然性は、かなり高いように思う。ただでさえ、外国人労働者に二カ国語以上を要求する場合には、語学力やコミュニケーション能力の点で、女性にアドバンテージがある。さらに、「数年内に指導的立場の女性」や「優秀な理工系の女性」を採用したいといった場合には、そもそも日本人女性の人材のプールが小さいため、外国人女性を採用するインセンティブはかなり大きい。また、日本企業としても、女性活用のためだけにこれまでの企業文化や制度を変えるのは大変かも知れないが、外国人採用は最近になって本格化したので、外国人女性の活用も一緒くたにやってしまえば、二度手間にならない。外国人は、これまでの明文化されていない企業風土には流されにくいから、変革もしやすい。子供が大きくなるまでは母親が育てるべき、というこだわりのある女性も日本に比べて少なく、出産しても早期に職場復帰する女性が多いだろう。状況によっては、出身国から父母を呼び寄せて子育てを手伝ってもらう人も出てくるはずだ。

こうして考えていくと、人材育成の側面を軽視した稚拙な女性活用政策は、終わってみれば、米国人の女性役員と、中国人の女性管理職と、インド人の女性技術者を増やしただけで、日本女性の社会における立場は従来とあまり変わらない、という意図しない結果に終わる可能性も十分にはらんでいるのである。

引用元: 日本女性よりも先に外国人女性が日本社会で活躍する可能性 – 統計学+ε: 米国留学・研究生活.

統計屋はどこまで給料をもらうべきか – 統計学+ε: 米国留学・研究生活

どうも、人間はデータ分析の結果のような形のないものの価値には疎いようだ。

例えば、その医学部の教授が業務上、特殊な医療機器が必要になって、

エンジニアに特注して作ってもらったとする。

エンジニアは新しい特殊な医療機器を作って勉強になるから、

教授は無料でその機器をもらおうとするのだろうか。

もちろん、特定の分野や構造のデータを統計屋が欲しがっていて、

無報酬でも双方にとってメリットがあるというようなケースもある。

上記の様に学生が勉強用にサンプルデータを使いたいということも珍しくない。

しかし統計屋としては基本的に、

実需から生まれたデータ分析の需要に対しては相応の対価を取るというのが、

プロとして正しい姿勢であるように思う。

日本ではもともと、サービスに対価を払うという考え方が希薄な上に、

大学の教官は、社会に無償で奉仕すべきというような考え方が強い。

しかし、他人のデータを分析することが義務でない以上、

そんなインセンティブの全くない状態では、

データの活用自体が停滞するだけだろう。

ここ1〜2年、「ビッグデータ」がバズワードになっているが、

データ分析にきちんと対価を払うという意識が定着すると良いと思う。

一方で、流行に乗って暴利をむさぼる一部の人たちが、

統計屋のイメージをぶち壊してしまわないようにして欲しいところである。

引用元: 統計屋はどこまで給料をもらうべきか – 統計学+ε: 米国留学・研究生活.

コピュラ (統計学) – Wikipedia

統計学におけるコピュラ (英: copula) とは、多変数の分布関数とその周辺分布関数の関係を示す関数のことである。確率変数の相関を表す指標として代表的なものに相関係数があるが、相関係数が 1 個の数値であるのに対してコピュラは関数であることから、確率変数の間のきわめて多様な依存関係を表すことができる。なお、名称はラテン語で相異なる物同士の「つなぎ」や「結び付き」を意味する名詞 copula(英: couple の語源)に由来する。

引用元: コピュラ (統計学) – Wikipedia.

コピュラ (統計学) – Wikipedia

コピュラの応用

コピュラの実務面への応用例としては、CDO の価格評価やリスク評価が挙げられる。CDO は複数の債務をまとめて証券化したものであるので、複数の債務がどのような確率でデフォルトを起こすかが問題となる。平常時においてはデフォルト確率の相関が低い債務であっても、景気悪化時には連鎖倒産などで相関が高まるといったことが考えられるため、1 個の相関係数では十分に価格やリスクを表せないことから、コピュラが用いられる。

コピュラはこのように、発生率の低い(すなわち分布関数の値が 0 または 1 に近い値を取る)部分で相関が高まるような場合(これをテール依存性という)での応用がしばしば考えられる。

批判

金融工学の世界では CDO の格付けやリスク評価に関して特に正規コピュラ(ガウス・コピュラ)が広く使われた。正規コピュラを用いる実務上の利点は、2者間の相関を調べる際に、過去に生じたリスク事象の統計分析等によらずに CDS の値動きだけに着目すれば良いことにあった。これによってリスク評価実務は大幅に簡略化され、証券化市場は劇的な拡大を見た。ところが、正規コピュラには予測不能性が織り込まれておらず、現実世界と乖離しうることから、これを無批判に応用したことが 21世紀初頭の金融恐慌とその後の証券化市場衰退を招いた原因の一つだとする説がある[2]。

引用元: コピュラ (統計学) – Wikipedia.

創造性をどう伸ばすか? – 統計学+ε: 米国留学・研究生活

創造性をどう伸ばすか? – 統計学+ε: 米国留学・研究生活: 創造性とは、運と生まれつきに左右される部分を除けば、
論理的構成力、知識量、ネットワーキングという
ありきたりだが身につけるのに骨が折れる能力の組み合わせだろう。

値段をつけるときの割り切り方が違う日米 – 統計学+ε: 米国留学・研究生活

値段をつけるときの割り切り方が違う日米 – 統計学+ε: 米国留学・研究生活: 選択肢が示されていなければ、
価格差別が行われていても消費者の効用は最大化されない。

若き経済学者のアメリカ – フットボールの統計学:続報

若き経済学者のアメリカ – フットボールの統計学:続報: まず初めに、データを公開したのはマンチェスター・シティだが、データの中身はシティの選手にとどまらない。公式サイトで発表されているように、昨シーズンのプレミアリーグにおける、全チーム、全選手、全試合のデータなのである。このインパクトはもの凄い。

数学のできない大学生を見て思うこと – 統計学+ε: 米国留学・研究生活

数学のできない大学生を見て思うこと – 統計学+ε: 米国留学・研究生活: 数学が極端に出来ない学生というのは、
実は「言語能力の低さが数学の試験によって露呈した」だけであって
問題は数学力ではないのではないか